はじめに
データ不正は、数年前大きな社会問題となり、様々な指摘、その原因の議論が行われた。しかし、大手電機、トラック・バス製造の自動車と不正事件は不死鳥のごとく繰り返し発生している。組織がなぜ他社事例に学んで組織内点検や、悪しき伝統を断てないのであろうか。
不正横行の原因は、デロイトトーマツグループによるアンケート調査結果によれば、「業績等を優先する組織風土」が51%、次いで「人事固定化」、「上司の指示が絶対」、「事なかれ主義」、「コミュニケーション不全」がそれぞれ35%前後という(回答数476社、複数回答)[1]。ここから、不正の要因別に私見を述べたいと思う。
1.業績等を優先する組織風土
小職も5,6年前に品質不正問題が世間をにぎわしたとき、日本の組織風土として閉鎖的な村意識に基づく自組織の都合と利益優先を指摘したことがある。
目先の利益優先の風潮は、バブル崩壊以降の「株主利益優先」、「四半期ごとの決算」に大きな原因があるのではないだろうか。四半期決算は、投資家には判断材料として便利である。そして、四半期決算報告が企業の長期的ビジョンや投資に悪影響を与えている証拠はないと、その擁護者たちは言う。しかし任期が限られているいわゆる“サラリーマン経営者”にとっては、決算数字が最大の関心事であることは否めない。経営者が短期利益追求指向であればこのような“雰囲気”に対して、部下がお家大事の心情も加わって忖度しても不思議はない。
素材や部品のデータ不正事案に関しては、製品性能に影響したと実証された事例は少ないようである。特に素材の場合、規格や、取り決めから僅かに外れた程度では最終製品の性能に与える影響を実証することは難しいであろう。また、厳格に定めを守るとすれば、不良を増やしてコストが上昇し、納期にも影響する。これが不正の正当化や見て見ぬふりをする理由になりがちである。しかし、自動車で言えば顧客に渡る最終製品の性能である燃費や、大気汚染、ブレーキ停止距離などに関する不正は明らかに一線を大きく越えており、悪質である。
この観点から見ると、ある自動車会社のエンジン不正事件はより深刻であろう。企業業績に大きく、かつ長期の影響が予想される。背景の一つには上層部にものが言えないパワハラ体質があったとも報じられている。経営者はライバル会社との差を気にして早期に利益向上を目指し、現場に無理と言える要求を出し、追い詰められた現場担当者が故意に不正に走らざるを得なかったとすれば深刻な悲劇と言える。経営者はこのような事態を招いた損失と、無理な利益のかさ上げ額との比較をしたことはあるのだろうか。信用の失墜という数値には反映しにくいものを除いても、不正は結局は割に合わないといわれる。
我が国ではこのような不正が発覚した場合、経営陣以下がひたすら顧客にお詫びしてことを納めようとする。しかし、契約社会のアメリカや豪州からは損害賠償の訴訟も発生している。[2]
また、村意識に基づく組織風土では、確かに不正は避けるべきことではあるが、それに手を染めたのは個人の利益のためではなく、組織のためであるからこれを罰するには忍びない、“けが人”を出したくない、今更公表する訳にも行かない、できればそっとしておき逃げ切りたいと上司や経営者も考えがちである。
2.コミュニケーション不足
デロイトトーマツグループのアンケートの回答には直接表現されてはいないが、私見では一つの原因としてサプライチェーンと組織との歪んだ関係も不正の根にあるように思う。無理と言える納期、過剰な仕様、コスト低減要求などが横行し、お客様は神様、泣く泣く呑まざるを得ないサプライチェーンなどなど。そこには、自組織が様々な理由から自ら実施できないことを他にお願いするという、イコールパートナーの関係、視点は希薄である。
上記のような関係においては下請け企業側から、「発注者」に対してなぜこの仕様なのか、なぜこのように納期が短いのか質すことはおそらく営業の第一線ではタブー視されているのではないだろうか。多くの営業担当は売り上げノルマに追われ、受注能力を超えて受注してしまうことも少なくないと思われる。上位職者や役員は第一線の営業担当任せではなく、経営層が顧客の上位職者と仕様の具体的な根拠(データなど)や検査コストなどを基にしてお互いに仕様や検査の内容、頻度などを話し合うべきであるがこうした真のコミュニケーションが図られているであろうか。品質不正を招く背景にはこのようなコミュニケーション不足もあると思われる。
3.上司の指示が絶対!
ガバナンスにおいて大きな問題を起こすのは、経営トップへの権力集中である。権力集中は、意思決定の速さと施策の迅速な実現などの利点もある。一方で全権を握った経営者の指示は絶対的なものになりがちであるというデメリットもある。
先の自動車会社不正事件でもこうした風土が指摘されている。もしトップが真に賢く私利私欲(経済的なものだけでなく、権力欲、名誉欲なども含む)に走らず、部下の意見にも耳を貸し、絶えず進歩を求める姿勢を継続できれば“名君”と言える成果を上げるかもしれない。しかしそうした事例は歴史的にも極めてまれである。いかなる人間も万能ではない。また物理的にも収集できる情報とその処理能力、さらに経営への反映には限界がある。個人差はあるが人の能力は年齢とともに低下する。新しい技術などに対する対応力、理解力は明らかに若い人が優れる。有能な経営者であっても加齢と共に新しいことにはついて行けなくなるのが一般的である。
たとえオーナー企業であっても、組織として権力集中を防ぐこと、次世代(血縁とは限らずに)へ移譲すること、チェック機能を働かせること(第三者の助言を受け入れるなど)を仕組みとして構築することが望まれる。人事の固定化は任せきりにつながり、チェックが働きにくくなる。
権力を手に入れ、自分の思うままに組織を動かすことは当の本人にとっては大変心地よく満足な事態であろう。他者から批判されることを恐れたり、不快に思うことは誰にでもありがちなことである。しかし、チェック機能が働かない場合、歴史的に見てもほとんどが好ましい結末を迎えることなく終わっている。私事になるが、長らく講師や審査員を経験したが、受講生や受審組織のチェックと言えるアンケートはやはり気になった。自らの発言や審査内容が意図したとおり理解されなかったこともあった。コミュニケーションの難しさを痛感した。
次回は、品質不正への対処に焦点をあてて私見を述べたいと思う。
以上
出典
[1]企業の不正リスク調査白書2022-2024、デロイト トーマツ